久遠の祈り展 -妹背山の経石展示-展示の様子

去る平成17年2月11日~13日 和歌浦アート・キューブにおきまして、『久遠の祈り展』として、今までの経石調査で取り出された経石の一部を展覧し、多くの方々にご覧いただきました。

開催趣旨

妹背山護持顕彰会は、和歌山南ロータリークラブの多大なご支援を得まして、平成16年10月2日から31日まで、徳川家康の33回忌の追善供養の為に和歌浦妹背山の巌洞 (石室) に埋納された経石の第二次調査を実施し、大きな成果をあげました。今回取り上げた経石の主なものを展示し、妹背山の経石の実態を紹介したいと思います。
後水尾上皇・皇后 この妹背山の石室内には、江戸時代初頭に上皇から庶民の法華経信者にわたる多くの人々により書写された題目 (南無妙法蓮華経) を中心とする20余万個もの経石が納められています。今回、石室下3mの所で経石に覆われるようにして据えられていた石函と備前焼甕を発見しました。石函は、『紀伊續風土記』 に記されている「宸筆の片石は石函に盛て中央にありといふ」 に当たります。この石函内には、蓋裏に刻まれた 「斯函中石経者仙院后宮以至妃嬪滕しょう真翰也」 銘が示すところの、後水尾上皇・皇后及び女官が書写した経石が納められていました。一方、甕2に納められた経石の大半には、『法華経』 の各品が書写されており、また日蓮宗の3人の僧侶 (日燿・日睿・日禅) の署名が見つかっていることにより、これは題目碑に記されている 「俾僧書八軸与開結」 にあたるものとみられます。これまでの経石調査では家康の側室養珠院及び和歌山初代藩主徳川頼宣の経石がまだ見つかっていませんので、これらの経石はさらに石室の下深く納められているものと思われます。八軸(法華経八巻)

 今回取り上げた経石の点数は、石室から約6万数千点、石函・甕2個から約2千点です。経石の整理は、まだ終えていませんが、この内の主な経石2百点を展示します。

 石室 : 多様な題目経石、文字マンダラ経石、題目絵経石、年号・名前・願文が記された経石 (50点)
 石函 : 後水尾上皇・皇后、女官が書写した経石 (20点)
 甕1 : 題目経石、法華経の句を書写した経石、一石経 (50点)
 甕2 : 細字題目経石、界線のある経石、法華経の句を書写した経石、「東照大権現宮」 と記された経石、一石経 (80点)

東照大権現宮  この中で特に注目される経石は、「文字マンダラ」 の経石、「正保元年九月」(1644)銘の経石、僧侶 「日耀」 の署名のある経石、それと 「東照大権現宮」 銘の経石です。

 1.「文字マンダラ」の経石は4点あり、日蓮聖人の題目本尊の流れを汲むもので、初めての発見です。日蓮聖人を本尊として記しているものもあります。
 2.「正保元年九月」 銘の経石により、家康の33回忌供養のための経石勧進書写が、慶安2年に行われた経石埋納供養よりも5年前にすでに始められていた可能性が高くなってきました。
 3.日燿上人は、日蓮宗の最古最大の学問所、下総飯高檀林の化主で、養珠院が日遠上人と共に深く帰依した僧侶で、養珠院の経石書写供養に参画したものと見られます。
 4.「東照大権現宮」 銘の経石は15点あり、甕2に納められていたもので、経石の表面には 『法華経』 の 「随喜功徳品」 が分割して書写されています。また裏面には、東照大権現宮=徳川家康の33回忌の追善供養文が書されています。

 

掲載メディア 等
 和歌山市長より祝電をいただきました。



和歌山新報 掲載記事
 平成17年2月13日 妹背山の貴重な経石
 平成17年2月3日 久遠の祈り展

読売新聞 掲載記事
 平成17年2月11日 経石展示

ニュース和歌山 掲載記事
 平成17年1月29日 石室調査の経石公開