
妹背山海禪院跡発掘調査はじまる
平成15年10月10日より、妹背山海禅院復元整備(徳川期伽藍の復興)に向けての発掘調査が始まりました。
このような発掘調査が、民間の一文化団体の手にゆだねられることは珍しく、その成果は、ひとり妹背山(個)の復興にとどまらず、必ずや和歌浦(相互)、和歌山(全体)、ひいては日本の歴史と文化に大きく貢献できるものであると信じます。
次に、発掘調査にボランティアとしてご参加いただきました、童話作家 御崎陽子さんの感想を掲載いたします。この文章はニュース和歌山平成15年12月20日号に掲載されたものです。
妹背山海禪院再建御事始 1 童話作家 御前陽子(アゼリア賞受賞)
初秋の十月十日から約十日間、妹背山海禪院発掘調査のボランティアに参加させていただきました。
和歌川河口に浮かぶ小さな島、妹背山。ここには、徳川頼宣が母、お万の方 (養珠院) の菩提を弔うため建立した 【多宝塔】 があり、頼宣が江戸の紀州藩邸にいる母のために水を汲んだという
【井戸】、庶民のために解放したという 【観海閣】 などが残っています。
指導をして下さった前、県立博物館副館長の菅原正明先生の説明によりますと、江戸時代、ここには拝殿や唐門・瑞門、経王堂が建っていたそうです。建物の姿は、『紀伊国名所図会』 などの資料で確認することができますが、規模や大きさの記述は残っていません。
それで、今回の発掘調査は、江戸時代にあった拝殿や唐門を再建するための基礎資料を得る目的で行われました。
妹背山を江戸時代の姿に復活させ、市民の憩いの場、癒しの場にしていきたいという妹背山護持顕彰会会長であり、海禪院住職の松本惠昌様や同会の皆様の願いは、本当にすばらしいと感じています。
雨の中、泥まみれになりながら多宝塔前を掘り起こしたり、日差しのきつい日、日焼けを気にしながらの手作業は、地道ではありましたが、和歌山の歴史と文化を、直に手に触れた貴重な体験でした。作業に参加したのは、定年退職後の男性や主婦、大学生など、幅広い年齢層でしたが、みんなすぐに打ち解け、本当に充実した楽しい時間でした。
多宝塔前から江戸時代の寛永通宝や昭和初期の五十銭白銅貨が出てきたときは、大感激!
「昔、お参りした人のお賽銭かな?」
「どんな人がこれを手にしていたんやろ?」
みんな、ワクワクしながら遠い昔に思いを馳せました。境内を掘っていくと、白や緑黒の小石敷きが見つかり、この石敷きを踏みしめてお参りした人々の足音が聞こえてきそうな気がしました。あちこちから鬼瓦や軒瓦の破片、牡蠣や巻貝などの破片も出てきました。
「昔、この井戸のそばで、貝細工を観光客に売ってたっちゅう話を聞いたことがあるで」
仲間からこんな話も聞くことができました。
溝状の跡や上台石などが見つかり、実測したり、写真を撮ったりしました。
万葉時代には歌人たちが自然景観を歌い、江戸時代には頼宣が新たな歴史を加えた妹背山。来年、再び実施予定の多宝塔地下室の経石調査で一緒に歴史体験をしてみませんか。
<ニュース和歌山 12月20日号に掲載されました>
<写真は和歌山新報よりご提供いただきました>
■「平成17年度妹背山経石調査事業報告書」が完成しました。
■ 第一回の発掘調査報告書をご覧いただけます。
■ 発掘調査開始の記事がわかやま新報に掲載されました。
■ 発掘調査の記事がわかやま新報に掲載されました。
■第一回調査のニュースがニュース和歌山に掲載されました。
http://www.nwn.jp/index/2003927/itimen/itimen.html
